チップの習慣もいいもんだ

日本に生まれ育った私にはチップの習慣がまったくもって身についていません。

聞いたところでは、どうやらチップとは我々が思いがちな臨時収入ではなく、あくまでも労働対価、見込み収入の一部なのだそうで。なるほど、何かをやってチップが得られないと、その短いタームは最低賃金労働っぽくなってしまうのかもしれません。

で、セブ島が属するフィリピンもアメリカによる占領を経た国なのでチップの習慣があります。とは言え日本人旅行者の私はついつい忘れがちなのですが、今回の旅では気をつけるようにしました。日本人はケチなのではなく単に習慣がないことはフィリピン人も承知しているはずですが、上手い具合に渡してあげられれば、旅慣れた人の印象を持ってもらえるかもしれません。

てなわけで、朝ダイビングに出かける際に枕の下に20ペソ札を忍ばせます。次の日も同様に20ペソを。

20ペソ札

さて、その日の夕方、ダイビングを終えて部屋に戻るとまだベッドメイキングの最中でした。ずいぶん悠長な仕事のペースてすが、そこはほらコンチキリゾートだから。

でも、私が部屋に入るなり、ベッドを仕込んでいたまだ10代半ばと思われるとても可愛い女の子が満面の笑顔で「アリガトー」と。初対面の第一声が「コンニチワ」でも「Welcome」でもなく謝意だったのは連日のチップのおかげかなと。

三泊計60ペソ(約120円)がどれほどの価値なのか解りかねるのですが(鶏の丸焼きが露店で一羽75~100ペソで売ってますね)、現地の人にはそれなりに使い出もあるのでしょう。

で、あんな子のくったくのない素敵な笑顔が見られるなら(普通のホテルでは、夕方にベッドメイキングの光景に出くわすことはなさそうだけど…)、あらかじめお札を崩し、少額のお札を切らさず、かつ置き忘れないようにするのは、意味があることなのだなと思った次第です。

やっぱ電子書籍ってダメなんじゃね?

私は会社の業務で電子書籍ビジネスを興味深く見守っているのですが、どうにも成功への道筋が見えてきません。中にはヒット作品も出るのでしょうが、電子書籍時代といえるものが本当に到来するかというと…。

例えば紙の本の世界では、近年のベストセラー書籍として村上春樹さんの『1Q84』が挙げられます。昨年5月の発売から僅か2ヶ月で発行部数200万部を超えたメガヒット作品ですが、ちょっと思うところが。2巻で200万部超なら購入者数はざっくり100万人。凄い数ですが、日本の総人口1億2,700万からすると1%弱。つまり品薄感も薄れてきたあの時点で99%以上の日本人は大人気作品を購入していなかったことになります。この割合は第3巻が加わった現在でもあまり変わっていないはずです。

もっとも実際には家族や友人、あるいは図書館から借りて読んだ人やBOOKOFFなどで中古品を買い求めた人も大勢いるはずなので読者の総数はもっと多くなりますが、それでも新品を購入した人は国民の1%程度。逆に言うと「超ベストセラー作品ですら、対象となる人口の1%にしか買わせる力がない」ということになりましょう。

他の例としては、確か『ハリー・ポッターと賢者の石(シリーズ第一巻)』が発行部数で500万部を超えていました。小中学生の必読書的なポジションになれば人口の5%くらいまでにはアプローチできる計算です。

もちろん中には村上春樹作品もファンタジー作品も読まないけど、日ごろから本を買うことに抵抗のない熱心な読書家という人もいるでしょうから正確な数字にはなり得ないのですが、これらの例を踏まえて言えるのは「実際にお金を払って本を買う人の割合は、全人口の内のせいぜい数%程度」ということではないでしょうか。そもそも本が次第に売れなくなってきたから出版不況と言われるのでしょうし。

これを電子書籍に当てはめてみます。仮にiPadが100万台売れているとして、1Q84クラスの本でも潜在的な購買層の割合が1%なら最大数売れても1万部。当然、他の本だと数千部、数百部といった規模に下がるはずです。

iPadの他にもいわゆる電子書籍端末は続々と登場してきます。データフォーマットを汎用性の高いePubにすればiPhoneやその他のスマートフォン、それにPCも電子書籍リーダーとしてカウントできるので母数はさらに大きくなりますが、人々はそれらを必ずしも書籍用として買っているわけではないので当てにはできません。

その上、紙の本との食い合いも起こります。なにしろ本一冊はiPadよりも圧倒的に安く、貸し借りやBOOKOFFなどに買い取ってもらうことも容易ですが、電子書籍では難しいものがあるので相変わらず紙の本の需要は根強いとも考えられます。

だとすると、もし電子書籍の品揃えが充実してきたとしても、それこそ紙の本の発行を中止にでもしない限り、いつまでたっても電子書籍からは十分と思えるだけの収益が上がるようにはならないのではないかと。現段階でそこそこ売ろうと思えば、SNS的なサービスとからめてコミュニティとして守り立てるといったことが必要になりそうです。またコストが嵩んでしまいますし、本を読んで楽しんでもらうというよりも、仲間内で盛り上がるためのネタの提供みたいな位置づけになってしまいます。それは悪いことではないでしょうけど。

いや、出版社各社が次第に体力をすり減らせていけば、どこかで電子書籍オンリーに切り替え、そちらの方が都合がいいということも起こり得るかも知れませんが。

ああ、でもKindleの普及度が高く、iBookStoreも開始されていて、しかも街の本屋さんも潰れまくっている米国などでは電子書籍は急速に発展していくのかも知れません。また日本は趨勢から取り残されるのだろうなぁ…。

Mac OS X 10.7 Lion

10月20日、米国にてスペシャルイベントが開かれるとのこと。この招待状からしてMac OS X の次期バージョンが発表されるのは間違いないでしょう。

Back to the Macバナー

楽しみです。 なにしろMac OS Xは現行のSnow Leopardで一つの完成形を見たように感じていましたので。いや、もちろん未だにビーチボールが回る頻度は少なくないですし、アプリが容赦なくフリーズすることもあるのですが、それでも機能的な改変の余地はそれほど残されていないように思えます。

ならば進化の方向性は「iOSとの再融合」でしょうかね。事実、今年のWWDCに参加した人に聞くと、Mac OS Xの話題、セッションは皆無に等しかったとのこと。これ以上、Mac的な、あるいはパソコン的な進化はなく、むしろ元々サブセットだったiOSベースのMac版ともいうべきOSで、進化をリスタートさせるような。そうしてiPhone/iPadアプリがMacで走るようになると、パソコンの世界にも革命的なことが起こりますよね。パソコン用のアプリがiTunesで買えるようになり、しかも違法コピーも基本的にはあり得ませんし。また、Adobeのような有力ベンダに肥大化したアプリを新たな推奨APIのみで書き直させれば、何かとすっきりするように思うのですが。

リゾートホテル評(アネモネリゾート・ファンルーム編)

コンチキリゾートの質素さで思い出しました。3月にマクタンに行ったときに泊まったのがアネモネリゾートのファンルーム。なにしろ物色したツアーの中で一番安かったもので。

アネモネリゾートの建物

チェックインはノートに名前を書くだけ。フロントもちょいちょい無人になりますが、それでもコンチキほど無防備ではなかったかな。

ファンルームというからさぞ楽しげなのかと思いきや、扇風機のお部屋でファンルームとのこと。なるほどクーラーではなく扇風機が鎮座していました。

内装と扇風機

床はタイル敷き。ベッドは広いテーブルに薄いウレタンとテーブルクロスを被せただけのような感じ。

水周りもちろんテレビも冷蔵庫もセキュリティボックスもバスタブもお湯シャワーもありません。洗面所にあるのは石鹸のみ。便座もなしです(陶器の便器とフタだけの構造)。

ま、バックパッカー向けという触れ込み(ものは言いようだなぁ)で質素なのは事前に案内を読んで解ってましたし、ツアー代金をほんの数千円上乗せすればまともな部屋にアップグレードできるのも知っていたのですが、話のネタとして面白かろうと。ちなみに1泊16ドルの部屋だそうです。

便座のないトイレは最初はちょっと躊躇しますが、セブではダイビングボートのトイレもそうだっりするので、まあいいでしょう。

ぬるい水シャワーも熱帯気候の地では気持ちがいいものです。3月はまだ涼しいのでクーラーがなくても過ごせました。でも、夏場にあの部屋はきついかな。

いや、でもアネモネリゾート・ファンルームといいコンチキリゾート・スタンダードルームといい、贅沢な日本人の要求水準に達していない感じの部屋を、しれっとツアーのラインナップに並べてしまうてるみくらぶの度胸には感心してしまいます。

たばこ税の大増税は自業自得でもあるよなあ

成田空港でリムジンバスを待っていると喫煙室の外で喫煙している人が結構目に付きます。あるときなどは若い女性が喫煙室の引き戸が閉まらないよう背中で押さえつつ、半身を外に出して吸っていました。アホな奴もいるものです。それって「さあ、また値上げするなり喫煙者への締めつけをきつくしてくれ」と言っているも同然じゃないですか。

喫煙者自身が辛いと思うほどのたばこの煙や匂いなら吸わない人はもっと不快に思うわけで、それが政治家を動かし、条例なり法律となって跳ね返ります。これを避けるには吸わない人を巻き込まないように配慮するしかありません。

その意味では今月からの大増税にしてもJTの戦略ミスによるところが大きいと言えましょう。一年前の時点で日本のたばこの販売価格は諸外国よりもかなり安かったので値上げの余地は大でした。ならばJTが自主的に50円なり100円なり値上げして、喫煙者に還元すべく喫煙設備の拡充や飲食店の分煙に回せばよかったものを、それをしなかったために無慈悲な100円超規模の大増税が科され、しかもその税収増分は相変わらず納得のいかない使途に使わてしまうわけです。先の成田の喫煙所にしても、ちゃんとお金をかけて空調と脱臭を良くしていれば喫煙者とて中で吸うはずで、嫌煙者のひんしゅくを買うことも無かったでしょうに。

増税が最もリーズナブルかつ効果的な喫煙抑制策なので、未だに歩きたばこを憚らなかったり所定の喫煙場所を外れて吸ってしまう愚かな喫煙者にとって大増税は自業自得。いや、それだけでなく良識的な喫煙者をも巻き添えにしてしまう点は罪作りです。

ちなみに喫煙関連で私が見かけた最もエグい光景は、十数年前の改修前のグアム空港でのこと。当時、新たな法律の施行で喫煙場所がなくなってたらしいのですが、誰かが男性用トイレで吸ってお咎めがなかったらしく、いつしか若い女性までもが男性用トイレに踏み入り、我々が用を足している背後で紫煙をふかすという有り様。中毒になると見境もなくなるのですね。