新進水中ハウジングに見る日本の未来

最近、フォト派ダイバーの間で話題なのがNauticamとACQUAPAZZAという会社。どちらもここ半年ほどの間にデビューを飾ったルーキーの水中ハウジングメーカーです。そして彼らの出自を見ると、どうにも日本の未来を象徴しているように思えます。

先ずはNauticamから。

Nauticam製ハウジング

資料によると、NauticamはNOKIAケータイなどの金型製造会社のオーナーだった香港人のエドワード・レイ氏が立ち上げたメーカーです。言わば金型のスペシャリストである彼が、自らの趣味と実益を兼ねてハウジング製造に乗り出したのだそうな。でも、ここで「あれっ?」と思いますよね。何しろ金型といえば日本の町工場のお家芸だったはずじゃないかと。

とは言え、近年さまざまな理由から閉鎖を余儀なくされた町工場を外国資本が設備ごと買い上げるなどして、日本から大陸方面への技術移転がどんどん進んでいるとも聞きます。Nauticamがどこに工場を持ち、どのような経緯で技術を高めてきたのかは知りませんが、ともかく日本以外のメーカーがケータイという花形市場で実績を積み上げ、水深100メートル(!)という過酷な状況下でも使えるハウジングを作るに至ったことは紛れもない事実です。

しかもケータイというすこぶる現代的なカテゴリの市場で揉まれた彼が送り出してくるハウジングはモダンなフォルムで、かつ妥協のないこだわりが見て取れます。ハウジング使用時の一番の恐怖は水没なのでリークセンサー搭載の効果は絶大ですし、カメラの装着を確実にする固定プレートの採用や、ハンドルを握ったまますべての操作部にアクセス可能なところなど、プロをも唸らせるクオリティを持ち合わせているというのは、とんでもない大型ルーキーが現れたものです。もちろん大歓迎ですが。

次に、もう一方のACQUAPAZZAですが、こちらも今の日本が置かれている状況を如実に反映していると言えそうです。

ACQUAPAZZA製ハウジング

ブランド母体の株式会社山本工業所はそもそも自動車などの部品を製造していた創業1964年の会社だそうで。それが今になって決して市場が大きいとは言えない水中ハウジングの世界にも手を広げたということは、少なくとも本業が手いっぱいではないのでしょう。

その自動車で言えば、この先、日産マーチの新車はタイ工場で作られて輸送されてくるそうですね。日本では高齢化と人口減少、車離れが進む一方で、より人口が多い新興国の購買力と意欲はますます伸びていくのですから、最大需要地に近く、人件費も安いところに製造拠点を構えるのが定石。残念ですが、そう遠くない内に日本から自動車工場はほとんどなくなってしまうでしょう。

ならば部品を供給する会社にしても同様。今はまだ技術的なアドバンテージがあっても、いずれは新興国勢に追いつかれ、今以上の苦境に立たされるのは明らかです。これはもう避けられない流れなのでACQUAPAZZA・山本工業所の判断は理に適っています。ぜひ水中ハウジングが彼らの事業の柱の一つに育ってもらいたいものです。

日本は永らく製造業立国としてやってきたわけですが、もう無理ですね。デフレ不況が止まらないのは製造業従事者の割合が多いからだという説もあるくらいです。いざグローバルな競争にさらされるようになると低価格競争では到底適わないため、我々の豊かさが仇となります。一度は勝ち得た所得水準や雇用すら維持するのが困難となり、果てしなくデフレが続いていくのだと。

もう一つの製造業の雄であるエレクトロニクス分野にしても、商品の価格が高い自動車ほど急激ではないにせよ、遅かれ早かれ後を追うことになるでしょう。工場が閉鎖され、傘下の下請け、孫請け企業もろとも苦渋の決断をせざるを得なくなると。

何というか、NauticamとACQUAPAZZAが水中ハウジングの市場に参入してきたことは小さな業界内の小さな出来事にすぎないものの、それが暗示するところは日本が産業構造の転換を迫られていて、しかも待ったなしだということなのだと思います。このまま製造業が多くの人材を抱え続ければ、ある日突然、産業の突然死という悲惨な結末を迎え兼ねないのではないでしょうか…。