東京都民受難

東京都知事選がまた始まりました。もはや2年ごとのお祭みたい。都民じゃない私は傍観者だけど。

東京都知事選

実は先日、某Webサイトで見知らぬ人とちょっとした議論になりました。相手方の主張は

都知事選に立候補した増田寛也氏が総務大臣時代に導入した「地方交付税特別枠」によって、東京都は過去7年間累計で1兆円以上の税収を失った。地方に流れるこのお金を止めれば都には年間2,000億円規模の財源が生まれ、保育所や介護施設の拡充、耐震対策などに使える

というもの。まあそのシンプルなロジックは解らなくもないけど視野が狭いですよね。東京とて独立独歩で存続できるわけではないのだから。

仮にそれが実現し、税の再配分による支援が途絶えて地方の漁村が見捨てられ漁師たちが廃業すれば魚介類の流通量が減り、東京で売られる際の価格が高騰します。農家なら農産物がそうなります。また、近隣県の山村が打ち捨てられれば東京の花粉症も今以上に酷くなるかもしれません。水だって他県から引いているので水源近隣の環境保全は万全に望みたいところ。つまり地方を財政的に支えることは東京の為でもあるわけです。地方に仕送るお金をケチって都の予算が増えても、東京に届く食料品の価格がことごとく値上がりしようものなら庶民の暮らしは余計に苦しくなり兼ねません。

「東京都の税収は都だけで使う」を個人に準えれば「収入が多い人も少ない人も同じ所得税率にしろ」と言っているようなもの。それでは国が成り立ちません。そもそも東京は明治以降に半ば国策で企業の本社を集めたことで発展を遂げてきたのだから、言わば他の道府県から経済の牽引役を託された存在であり、富めるところから貧しいところに税収を再配分するのは国の在り方として当然です。

それに、そもそも東京に保育園や介護施設が少ない原因は税収の一部を地方に回しているからではなく、ひとえに都市計画のお粗末さと優先順位を間違ったままやってきた結果でしょう。「保育園落ちた。日本死ね」が騒動になって初めて保育園不足の深刻さに気付いたとか。でもそれって「大型マンションを建てる場合、3km以内に新たな保育所を確保しなければならない」といった条例を作っていれば、状況はかなり変わっていたはずです。

介護施設不足の問題にしても、過疎が始まって久しい多摩ニュータウンなんか、まばらな住民をどこかに住み替えさせて再開発する動きをとっくに進めていてもよさそうなものですが、それはしない一方で近年も都内のあちこちに高層マンションや商業施設は建てられてきました。ひたすら商業効率優先で福祉はそっちのけだったど、いよいよ困って財源を探したところ地方交付税特別枠という埋蔵金が見つかったと。

今回の都知事選にも地方に流れる都税を取り戻すと訴える候補がいるけど、なるほど彼がジャーナリストとしての評価が低い理由が解ります。

いや、もちろん地方側でも自助努力は必要で、とりわけコンパクトシティは最大眼目。人口を都市部に集積させれば地方でもそれなりに経済に厚みが生まれるし行政効率が高まります。でもそれって多摩ニュータウンの再開発話と同じ。必要性は解りきっているけど、地権者や住民との利害調整はもちろん予算面でも簡単にはいかないわけです。ましてや地方は東京よりも財政が脆弱なのだし。

ちなみに私は都税を地方に回すのは賛成だけど、増田寛也という人物には懐疑的。氏の著書『東京消滅』を読むと、彼の思想が「共存共栄のために東京から地方にお金を回すべし」ではなく「東京の不都合を解消するために地方を都合よく利用しよう」だと解ります。「一極集中の副作用で今後急激に増える東京の後期高齢者は持参金付きで地方に押し付けてしまえ。地方にはどうせ職の口がないんだから、ありがたく受け入れろ。ただし所得税を払ってくれる現役世代は渡さないよ」と。彼は東京生まれの東京育ち。岩手県知事時代には県の借金を倍増させたし、本質的に地方の将来や発展には無関心な人なのでしょう。

まあ誰が新しい都知事になっても東京都は問題山積。近いところではまともに機能しそうにない豊洲への築地市場の移転の落とし所。中期的にはもちろん予算が青天井に膨らみ続ける五輪・パラ輪の負担をどうするかなど。またぞろ商業効率優先で五輪までは建設ラッシュが許される空気も醸成されたけど、だからと何かを建てればその維持費が以後延々とかかってくるし、その多くは東京都民につけ回されます。よって東京では遠からず税率が上がるか、おかしな名目の税金が新設されそうな気がします。

この先、都内に引っ越すのは止めた方がよさそうです。

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