最高裁判決を歓迎

4月9日、最高裁で画期的な判決が下りました。

10年前、当時小学生だった少年が蹴ったサッカーボールが校庭の外の道路に飛び出し、バイクで通りかかった85歳の男性がよけようとして転倒し、足を骨折。その後、寝たきりになり肺炎で死亡。遺族が損売賠償を求めた裁判の1審、2審ではボールを蹴った小学生の両親に賠償責任を負わせるものだったけど、これが覆ったわけです。山浦善樹裁判長によると「日常的な行為のなかで起きた、予想できない事故については賠償責任はない」と。これは歓迎すべきターニングポイントだと思います。下手すると「校庭が道路沿いにある学校では球技なんかできない」って流れにもなりかねなかったので。

このニュースを聞いて私が連想したのは産婦人科や小児科の医者が減っているという件。医療の進歩や高齢出産の増加により、それらの医者にとって訴訟リスクが高まったためです。昔なら生かせなかった命を取り留められるようになったことで、何かあったときに事故として見えてしまうと。

でも人口減少と高齢化社会が問題視される中で、それらの医療従事者に訴訟リスクのプレッシャーを与えれば、ますます志願者が減り、より子供を生み育てにくくなります。当該の親族にしてみれば原因の究明と責任を追及したいと思うのはもっともだとしても、その思いが関係者を萎縮させ、社会を良くない方向に追いつめるのは拙かろうと。

それからスキューバダイビングの事故も。2年前、コナミスポーツのダイビング事業の廃業につながったとされるものです。ダイビング中の事故で主催者に対して訴訟となる話はちらほら聞かれていたし、コナミスポーツの様に硬直した思考の組織が手を引きたがったのも無理はないけど、世の中にリスク回避思考が蔓延すればつまらなくなりますよね。

そもそも海では急な海峡悪化は付き物だし、本人の持病や体調不良などは事前に申告してくれてなければ主催者には伝わりません。それらの自覚があってもダイビングがしたい人は隠すものです。また、水中での本人の機材操作ミスやパニックによる急浮上などは、ガイドとてよほど近くにいなければ対処できません。

事が起こり、不幸にも亡くなったり大きな怪我や後遺症を負うなどして、遺族や当事者がやり切れない思いを関係者にぶつけたいとしても、相手に作為もしくは明らかな過失がなければ責任を負わされない社会システムが必要だと思います。損害賠償に関しては、保険なり基金に役割を負ってもらうって事で。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください