もっと休みやすい社会にしないか?

フィリピン航空のキャンペーンを利用して6月にセブに行くことにしました。

もちろん目当ては夜毎の妖艶なフィリピーナとのお楽しみ…ではなく水中写真の撮影。来年のフォトコン出品用、そしてこのBlog用に。それと願わくば生涯の代表作を撮りたいものです。

草むらの小人さんのアップ
これまでの最高傑作はこれかな。 コンデジだし、写りはあまり良くないけど、二度と撮れない絵かもしれないので

なにしろセブの海はマクロ天国。その生物相は、同じく安・近・短で行かれるグアムやサイパン、それに沖縄よりも圧倒的に充実している(種類も個体数も多い)ので、特に写真の修行段階にある人は行けば苦労もなく腕前が上がること請け合い。

よって、もし日程を合わせて行かれる人がいれば連絡をくださいな。歓迎します。私が行きつけのショップのオーナーは30年選手のマクロ派水中フォトグラファーだし、アマチュアながら私自身が助言できることもあろうかと。もちろん写真が目当てではなくてもいいですが。

まあ、連れが見つからずにいつものような一人旅になっても良いのだけど。被写体を独占できることが多いから。

■ ってことで…

前置きが長くなりましたが、近年はダイビング旅行に一人でいくことが増えました。なにしろ誘っても自由に会社を休めない人が多くて。かといって年末年始やGWみたいに料金が高くなる上に混む時期は遠慮したいし。幸い私は会社の理解があって休みが取りやすいのですよね。

それに「休みを取りづらい」は日本の社会の大きなネックの一つだと思います。 以前、某オンラインメディア上で著名なブロガーの誰かが「日本ももっと休暇が取りやすい社会にして景気を盛り上げよう」という趣旨のエントリーを書いたらコメント欄で袋叩きにあっていました。どうやら「誰もがあくせく働くことが経済を下支えする」と考える人が多いようで。確かに日本には「病気や家庭の事情などの理由があるとき以外は有給休暇なんぞ許されない」的な雰囲気もあるように感じます。

でも、私はむしろ「多くの人が、割と思い通りに休暇が取れる社会の方がよほど好ましい」と考えます。

■ 働かざるもの食うべからず?

その二つの考え方で決定的な違いが出るのは、継続的に休みが必要になった時。例えば若くして癌などの大きな病気にかかり、通院が必要になったとか。その場合、休みが取りづらい文化や慣習、体質の企業では次第にいづらくなり、場合によっては自主的な退職にすら追い込まれ兼ねません。

もっと身近な例で言うと、女性が妊娠を機に退職するパターン。例え制度があっても産休・育休が取れなかったり、復職後の待遇面が著しく不利だったりというケースが未だに多々あると聞いています。

でも、そうやって業務遂行のスキルと意欲、経験、そして人脈を持った人が放り出され、時には所得水準を下げてキャリアの積み直しになればその人の消費行動は萎縮するわけです。そしてそのような人が多ければ景気を押し下げます。

企業側にしても欠員が出れば新たな人材を確保し、場合によっては手取り足取り育成しなければなりません。そうまでしても人材が定着しなければまた振り出しからのスタートです。それに人望ある人の退職だったなら残された人たちの士気も下がります。これって誰にとっても実にもったいない話ではないかと。

昨今のこのご時世、経営者やマネージャにしてみれば最小限の人件費で回したくなるのも無理はないのですが、合成の誤謬なんてこともあります。個人の倹約は美徳でも大勢のそれは不景気の要因になり得るという。

もちろん業種や職種、タイミングなど、様々な理由によっても例外はあるのでしょうが、大雑把には、不意に欠員が出ても難なく持ちこたえられる会社組織の方が好ましいいはずです。

■ ワークシェアリングのすすめ

いわゆるワークシェアで労働機会を分け合えば当然個々への報酬額は減ります。でも、それで国や地域の個人消費、内需が下支えされるなら、回り回ってその方が得なのかもしれません。

例えば5人分の仕事があったとして、各人が1.25人分ずつ4人でこなし1人分の人件費を浮かせるのは、同じ仕事を5人で行うよりも一見優れたやり方に思えます。0.25倍増しの労力は残業代として、増えた利益はボーナスなどで還元されることもあるでしょう。当事者としては頑張り甲斐があるところです。

でも、それだと後者のやり方に比べて1人が職にあぶれます。もしその1人が妥当な所得を得られなかったり失業状態が長引いたりすれば、国や地方自治体の社会保障コストがかさみ、いずれ税金が上がります。所得が増えてもそれ以上に税負担が大きくなれば当然ながら生活は豊かになりません。まあ、所得の額面が膨らめば誇らしいかもしれませんが。

それに「安いものしか買わない」という消費行動はデフレを招き、ビジネス環境を萎縮させがちです。

民間企業ならば、どんなに優秀な人でも自社の業務を取り巻く環境が悪化すれば否が応でも収入が減り、職を失う可能性だってあるわけですが、その時のダメージたるやワークシェアで目減りする分をはるかに上回るかもしれませんよね。

■ 頑張りすぎないことが大事

いまだ精神論が根強く、勤勉さや献身的な働きぶりを美徳とする多くの日本人にとって「頑張りすぎるな」は受け入れにくい価値観かもしれませんが、漁業になぞらえれば解りやすいかと。

市場で人気の魚をたくさん獲ってたくさん出荷すれば目先の利益は増えるものの、乱獲によって対象の魚が減れば、以後は不漁にあえいだり禁漁指定のあおりを食ったりするものです。

自分だけが抜け駆けすれば同業者が皆共倒れなんてこともあり得ます。負けじと他者が追随しようものなら終わりの到来も早まります。頑張りすぎればかえって害になるので、皆で自重することが重要です。

その観点でいくと、末端の労働者が残業や休出の労働を受け入れすぎるのは、局所的には良くても全体には良くないことなのかもしれません。

もっと言うなら、いわゆるブラック企業は、全体や先々のことは犠牲にしてでも目先の漁獲増を狙う悪質漁業者みたいなものですね。

かつての高度成長期のように伸びしろが無限で頑張るほど報われるという時代なら別ですが、もはや誰かが獲りすぎれば他の多くが食いっぱぐれるような国の一面がなきにしもあらず。当然、あらゆる分野にあてはまるわけではないけど。

■ 現実的なところでは…

まあ、そうは言っても頑張りすぎない社会や端からワークシェリングを掲げた企業運営は難しそうなので、まずは各人が休暇を取りやすい環境作りを目指すのがいいのではないかと。個々人の努力や研さんは素晴らしいことだとして、誰もがおおむね好きなタイミングでしっかり休暇を取るのが当然という。

国の関与は私もあまり好ましくないと思うけど、有休休暇の最少日数と消化率の向上ぐらいは義務づけてもいいかもしれません。

それは何も楽をしようとか、レジャーやバケーションを促進して個人消費を増やそうということではなく、たとえ多くの休みが必要になっても職場から弾き出されたり、大幅に所得やら消費能力を失うことがないような社会を目指し、ひいては経済全体を下支えするのが目的ってことで。

■ 結び

というわけで、日本でももっと休暇が好きに取れるような風潮になってくれば、私の旅の道連れも見つかりやすくなるのになぁ…。

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