Gmailのフォルダ分け方法がやっと解った

GmailGmailって使い方が難しいですね。いや、ちょっと調べれば何てことはなかったのだけど。

私がやりたかったのはフォルダ分け。何もしないと受信フォルダが様々なメールで埋まってしまうため、メール受信時に自動的に振り分けたいと思って。でもGmailにはそもそもフォルダという概念がありません。

そこで代わりに使うのがラベル。設定でフィルタを作成/編集する際に「受信トレイをスキップ(アーカイブする)」をチェックして任意のラベルを指定すると、フォルダ分けと同じことが実現しますね。

Gmailのフィルタリング設定

受信トレイをスキップしてメールをアーカイブすると既読も未読もごっちゃになりそうですが、この設定をして自動的にラベルで振り分けても未読のメールはちゃんと見分けがつきます。

いやぁ便利だ。Gmailが登場して随分経つのだし、もっと早く調べれば良かった。

自動運転車に望むこと

時折、自動運転車の展望がメディアの話題に上ることがあります。私が聞いた限りだと当面の有望な案は以下の通り。

  • 依然として運転席があり、通常は人間が運転する
  • 高速道路上や渋滞中は自動走行が可能

というもの。なるほど現実的な線です。

でも、これじゃダメだと思うのですよね。理由は二つ。

  • イノベーションとして弱い
  • Googleは完全自動運転を目指している

自動車メーカーなどは「運転する楽しみを残したい」と思うだろうけど、そこにこだわれば命取りになり兼ねません。

例えば、かつて日本のケータイは世界最先端の技術を誇っていたものの、iPhoneを筆頭としたスマホ勢にしてやられ、今ではガラケーはニッチ市場商品の座に追いやられました。当初、業界の人が「こんな電話っぽくないものを誰が使うんだ?」などとせせら笑っていたというのに。つまり中途半端な進歩は、より大胆な進歩の前では霞んでしまうわけです。過渡期は運転補佐的機能でも、そこに留まらず完全自動運転の実現を目指すべきでしょう。少なくともGoogleは一番影響力のあるポジションを狙ってきます。

Googleの自動運転実験車
Googleの自動運転実験車

だとすると必要なのは車だけではなく交通インフラのスマート化。道路、信号、駐車場などですね。そららがリアルタイムに通信しあって秩序と安全性を確保すると。よってどこかの田舎街を自動運転車特区に認定して、その中に限定して実証実験をガンガンやるべきだと思います。差し当たり佐賀県なんかいいかも。行政のITへの関心が妙に高く人口規模でも手ごろだから。利用者の少ないあの空港も自動運転の実験区域に組入れられそうだし。それに自動運転車は高齢化社会や地方都市の公共交通インフラの救世主になりうると思うのですよね。

そうやって完全自動運転車が実現すれば、まず恩恵が大きそうなのは運送業界。amazonやらネット通販が台頭して今や物流は大変なことになっているから。集配は人間がやるとしても営業所間は自動運転車が運ぶようになれば長距離トラックのドライバーは仕事がなくなるかも。同様にタクシードライバーのお仕事も微妙ですね。

そして躍進するのはカーシェアやレンタカーのビジネスかな。車自体にこだわりを持たない人は必要なときだけ使えればいいわけだから、いよいよ車に対する所有欲が無くなるでしょう。しかも自動運転車なら、車に自宅に迎えに来てもらって乗って外出し、用が済んで家まで送ってもらったら車が勝手に帰っていくなんてことが可能になります。

逆に割を食うのは自家用車関連のマーケットか。住居にも必ずしも駐車場は要らなくなるかもしれません。

他方で「自動運転車が交通事故を起こした場合、誰が責任を負うのか?」という議論もありますよね。オーナーなのかOSメーカーなのかインフラなのか。でも今でも事故が起これば原因が究明され、当事者には相応の責任が追及されます。その車の潜在的な欠陥ならメーカーだし、運転技術に起因するなら運転者です。中には不可抗力のアクシデントってこともありましょう。だったら自動運転車でもその通りです。それが実現した後は「事故の際、何で君は自分で運転してたんだ?」などと言われる日が案外早く来るような気がします。自動運転車なら飲酒運転もあり得ないし。

というわけで「運転が面倒」って理由でペーパードライバーとなって久しく、今さら運転を再開する気にはなれない私の要望を書いてみました。何年かかるだろうか…。

日本語を読み上げさせるには

日本語も読み上げられるようにするべき

以前、『スピーチ VS. デイジー』というエントリで「おそらく今後は世界的にEPUBの読み上げが当たり前になり、読み間違い問題を克服できない日本語だけが取り残される」という趣旨の予想を書きました。 でもそれって不幸ですよね。とりわけ一番の当事者である日本の視覚障害者とその支援者は、デイジー関連の機器、オーサリングツール類のアップグレードやサポートが止まって世界から取り残された悲哀を味わうことになり兼ねません。 ならば日本語もできるだけ早く正確に読み上げられるようにするべきです。方法は二つ。

  1. 強力な辞書を持たせる
  2. テキストの要所にことごとく読みの情報を持たせる

ただし1の方法はダメですね。「苺愛=べりーあ」「黄熊=ぷう」といった今どきのキラキラネームには対処できるものの、ロシア文学者の江川卓(えがわたく)氏と元巨人軍投手の江川卓(えがわすぐる)氏の読み分けは不可能です。 他にも「今日は=こんにちは/きょうは」や「方々=かたがた/ほうぼう」の使い分けには辞書だけでなく高精度の構文解析アルゴリズムとCPUパワーが必要です。 よって2の方法しかありません。

phonic(仮)

大仰にはなるものの、テキストの全文にわたって読みを付けると腹を括れば考え方は単純になります。 具体的にはHTMLの<ruby>と同様に読み上げのためのマークアップを導入するのが良いでしょう。ここでは仮に<phonic>とします。「phonic」は「音(声)に関係のある」という意味の英語ですね。もっと相応しい名称や表記方法があれば、そちらで置き換えて読み進めていただけるとあり難いです。非対応のブラウザ等との互換性に配慮するなら<span>を使った表記になるかな。 以下はガリバー旅行記の一節。

私の足の上を、何か生物が、ゴソ/\這っているようです。

昔の表記なので繰り返しを記号で表現しています。これに読みを付けるとこうなります。

私の足の上を、何か生物が、 <phonic>ゴソ/\<pt>ごそごそ</pt></phonic>這っているようです。

「<phonic>ゴソ/\</phonic>」の文字列は表示し、「<pt>ごそごそ</pt>」は非表示とします。それを<phonic>に対応したWebブラウザなりプレイヤーアプリが以下のように読み上げるわけです。

わたしのあしのうえを、なにかいきものが、 ごそごそはっているようです。

これには当然ながらプレイヤー側の対応も必須になります。

オーサリングツールも必要だ

作成においても手作業でタグを書き入れるのは現実的ではないので、それ用のオーサリングツールが必要です。 読みのタグ設定は串刺し検索置換を駆使するタイプの対応テキストエディタがあればよいでしょう。こんな感じかな。

phonic対応エディタの想像図
(クリックで拡大表示します)

想定する使い方:

ウインドウ右上の検索フィールドに目当ての文字列を入力して検索。 その下にヒットした文字列が一覧表示されるので、読みを付けたい箇所にチェックを付ける。 読みのフィールドに文字列を入力して「適用」ボタンをクリックすると、本文の該当箇所に<phonic>の読みが付与される。

EPUBのテキストをインポートして読みを付けてエクスポートできると尚よし。 もちろん長編小説なんかだと読みの付与は大変な作業になるけど、それでも朗読してデイジーにするよりは圧倒的に楽。しかもデイジーとは違ってコンテンツを視覚障害者以外にも提供できます。

<ruby>じゃダメなの?

「わざわざ新たな<phonic>を提唱せずとも既にEPUBなどの標準規格に盛り込まれている<ruby>を使えばいいのでは?」というご意見もありましょう。ごもっともです。それならプレイヤー側が対応しさえすれば、すぐにでも読み間違わない読み上げが実現します。 ただし、懸案が二つほど。

  1. 画面がルビだらけになると読みづらい
  2. ルビは日本語独自の概念にすぎない

1. は、例えば小説の場合、人名や地名が初めて登場する箇所にだけルビを振ったものが多く見られます。もちろん2回目以降に登場する語はcssで消してしまえば(文字色を背景と同じ色に設定すれば)済むかもしれません。でも、ややこしいですよね。

江川<ruby class=”dispable”>卓<rt>たく</rt></ruby>氏はロシア文学者である。

なんて表記ルールで、しかも別途CSSにも.dispableに対する非表示処理が必要なんてことでは。いや、その方法では上記の例の「卓」まで消えかねないか。 だったら、

江川<phonic>卓<pt>たく</pt></phonic>氏はロシア文学者である。

と指定するだけの方が簡潔です。この点は先々国際標準規格に採用してもらうにあたってはとても重要になります。

実は日本語以外でも有用

日本語ほどではないにしろ外国語でも合成音声エンジンによる読み間違いはあります。 例えばローマ数字。

Super Bowl XLIX

普通にコンピュータに読ませれば、TTSエンジン(読み上げの機構)によっては「スーパーボウル エックスエルアイエッックス」と読みかねないので、このように書きます。

Super Bowl <phonic>XLIX<pt>49th</pt></phonic>

あるいはコロンビアの人気サッカー選手のJames Rodriguezという名前を英語のエンジンで読み上げさせれば「ジェームズ・ロドリゲス」。でも近年では母国での発音を重視するのでJamesは「ハメス」と読み上げさせたいところ。ただし英語圏でジェームズを名乗っているロドリゲスさんはジェームズと読ませなければなりません。 よって必要に応じて以下のような表記にすれば解決します。読みの指定には発音記号もありってことで。

<phonic>James<pt>ha me θ</pt></phonic>Rodriguez

もしくはこうかな。

<phonic lang=”es”>James</phonic>Rodriguez

英語の読み上げエンジンであっても、そこだけはスペイン語として読むわけですね。 そんなわけなので「読み」の概念は案外、国際標準規格にも採用してもらいやすいのではないかと。

悔やまれるのは

悔やまれるのはEPUBに日本語独自の概念を盛り込ませた際(2010年ごろだったかな)に、読み上げ対策への考慮が欠けていたこと。

関係者はそこに思いが及ばなかったのか、あるいはあえて表示関連のみに絞ったのかは解りませんが、あの時に縦書き、ルビ、圏点(傍点)などと一緒に読みも規格に盛り込ませておけば今ごろ読み間違わない日本語の読み上げも実現していただろうに。

まずは第一歩を踏み出すべき

まあ過ぎたことを悔いてもしかたないので前を向きましょう。

全文にわたって読みを付ける方法は「ひらがな・カタカナに直して読み上げさせる」に近いのだから、イントネーションはあてずっぽうになりがちです。

でも、それはカーナビの音声やSiriの返答なんかもそう。人々は多少ぎこちない話し方にも慣れているし、それよりも「読み間違わない」の実現にこぎ着けることがずっとずっと重要だろうと。

それに、<phonic>の書式を拡張すれば、任意の箇所に意図的に間を空けたり、イントネーションの指定や発音記号による読みの設定なんかにも対応可能なはずです。

今の視覚障害者支援の拙さ

私は日本の視覚障害者支援の実情を少しだけ知っているのですが、とても残念に思うことがあります。それは「皆、障害者のことしか考えていない」です。変な言い方に聞こえるかもしれないけど、その真面目さがかえって視覚障害者支援の進歩のスピードを遅らせているように思えてならないのですよね。

現状、デイジー録音図書の制作などでは、志の高いボランティアの方々が「視覚障害者の役に立ちたい」の一心でもって各々に出来ることに日々尽力しています。そのことには敬服するのですが、成果を上げるためには多くの時間がかかり、ともするとシニアのスタッフが次々とリタイヤしてしいつしか頓挫、なんてことにもなり兼ねません。

また文部科学省や厚生労働省も「既にボランティアベースで成り立っているのだから、それでいいじゃないか」とばかりに見て見ぬふりで予算をつけようとしません。政治家もそう。視覚障害者は圧倒的マイノリティなので票田にもならないですしね。

とはいえボランティアが取り組みをやめれば政治・行政が動いてくれるわけでもなく、ただただ新作デイジー制作の空白期間が生まれてしまいます。政治や行政は頼りになってはくれません。

つまりは既存の枠組みの延長で取り組む限り現状維持が精いっぱいといったところです。

よってこの際、晴眼者、健常者を巻き込み、ボランティアベースではなくビジネスベースに乗せられる方向に持って行くべきだろうと。

様々な応用可能

まずは電子書籍。デイジーではなくEPUBが読み上げ可能になれば、晴眼者に売れます。老眼が進んだ人やレーシック手術の後遺症で活字が読みづらい人、運転中や満員の通勤電車内で聴きたい人など、紙の本は買わなかった層にアピールできれば売り上げ増も見込めます。

他にもニュース系のWebサイトが<phonic>で読みを指定すれば、「ニュースサイト読み上げアプリ」が作れます。

人気の有料Podcastである「聴く日経」は毎朝早朝からアナウンサーが原稿を読み上げて制作、配信されていますが、それと同じことを人間が読み上げることなくテキストベースの作業で可能になります。Yahoo!ニュースのSNSボタンの横あたりに「読み上げ」ボタンが付いてて、タップすると読み上げるようになると便利ですよね。

あるいは、企業や自治体の広報作成担当者が、作成した原稿を読み上げさせて校正、確認するといった用途に使うようになれば、<phonic>対応のオーサリングツールはかなりの数が売れることでしょう。目読による校正は先入観で問題箇所をスルーしがちになるものの、耳で聴けば違和感でもって気づきやすいので。

目ぼしいOSの読み上げエンジンが対応すればWordPressのプラグインなんかも登場するかも知れません。書いたエントリの確認用途ですね。

個人的にはAdobe InDesignでドキュメントを作る際に読みも付けられ、PDFも正確に読み上げられるようになれば嬉しいです。

来るべき理想社会

そうして視覚障害者に限らない利用分野での読み上げ可能テキストが普及、浸透すれば自ずと視覚障害者への恩恵も多分にもたらされます。それこそボランティアが今のまま10年頑張っても辿り着けない境地へ僅か1年かそこらで到達できるやもしれません。

「官公庁や大企業などのWebページには読みが付いているのが当たりまえ」という風潮は無理なく作れるでしょうし、「新たに発売されるテキスト主体の出版物には読みを付けなければならない」という法制度すら可能になるかも知れません。

何か話題の新刊本が出る際に、現状のようにボランティアが印刷の本を朗読して何週間も費やしてデイジー録音図書を作らずとも、最初から読み間違わないEPUBが発売日に流通するようになれば、どれだけ良いか。

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スピーチ vs. デイジー

スピーチ

iOS8この秋に登場したiOS8には「スピーチ」が搭載されていました。画面に表示されたテキストを読み上げてくれる機能です。動作上まだぎこちなさはあるものの、メールやWebブラウザの表示内容はもちろんiBooksのEPUBなんかも読み上げてくれますね。読み上げのスピード調整もできるし、読み上げ箇所を色反転してくれたりもします。

このスピーチがとても便利です。例えば私は先日ソフトバンクからMNP転出したのですが、転出の予約番号を取得した際に注意事項がびっしり書かれたメールが届きました。契約書類なわけだから一応内容は把握しておきたいけど長文なので読むのは苦痛。そんなときはスピーチの出番です。

あるいはこのblogエントリも長文になったので、読み上げさせれば校正に使えます。漢字の読み違いはあるものの、「てにおは」のチェックなどには有効です。

スピーチを使うには「設定」アプリの「アクセシビリティ」内の「画面読み上げ」をオンにしておきます。読み上げを開始させるには2本指で画面の上から下に少しなぞればOK。メールの読み上げ中にSafariでWebサイトを見たりもできます。

デイジー録音図書

他方、世の中にはデイジー(DAISY)という、印刷物を読むのが困難な人向けの電子書籍の国際標準規格も存在します。録音された朗読の声が含まれていて、テキストを表示しつつ音声を読み上げてくれるデイジーの図書は一般的な認知度こそないものの、欧米を中心とした各国の視覚障害者の間では広く使われています。

日本でもボランティアが朗読して制作したデイジー録音図書(作者や出版社の都合で一般向けには電子書籍化されていない最新のベストセラー小説なども)がサピエ図書館などからダウンロード可能です。もちろん利用は障害者に限られます。

でも、スピーチが出てきたことで、そのデイジーの先行きが怪しくなりました。

来るべき未来の姿

スピーチの登場によってデイジーがどうなるかの前に、どうあるのが理想かを書きます。

理想は「EPUBをスマホやタブレット、PCでそのまま読み上げられるようになる」です。晴眼者は目読し、視覚障害者は聴いて読む。あるいは晴眼でも聴いて読むのもいいでしょう。老眼が進んだりレーシック手術後に本を読むのが辛くなったけど障害者とは認定されない人なんかには適していますよね。

そして晴眼者は通常料金で買い、障害者は無償もしくは相応の安価で利用できるようにし、視覚障害者を含めて誰もが同じ書籍を利用すると。

デイジーの難点

デイジーの最大の難点は「商業ベースに乗せられない」です。「障害者だけが使う」という条件で「合法的な海賊版」とも言えそうなデイジー図書の作成が許されているから。

そのため出版社は協力できず、ボランティアの有志が朗読してデイジー録音図書に仕上げています。テキスト情報を持った文芸書のデイジー録音図書やテキストのみで構成されたテキストデイジー図書が極めて少ないのはそのためです。制作ボランティアは朗読だけでも大変なのに、文字起こしにまでは手が回らないので。

よって視覚障害者が新刊の話題作を楽しめるようになるまでには何週間もかかり、ようやく聴けるようになった頃には人々が話題にしなくなっていたり、ネットにネタバレが氾濫しているなんてことになるわけです。

あるいはデイジー化される本はメジャーなものばかりで、自身が読みたい本が聴けるようになる見込みがないということも多々ありましょう。

また制作がボランティア頼みのため制作物ごとのクオリティにバラつきがあったり、制作に使う機器やアプリ類の調達が難しかったり、経験を持った人がリタイヤすると後任を見つけるのが難しかったりと、何かと困難がつきまといます。

でも出版社が作った売り物のEPUBがそのまま読み上げ可能なら、それらの課題は一気にクリアされます。

デイジーでは救われない?

デイジーのもう一つの難点は人口カバー率の低さ。世界には約72億人いるわけだから視覚障害者は数千万人規模になるはず。新興国でも低価格スマホが普及すればデイジーのプレイヤーアプリが使えます。

とは言えデイジーの恩恵を受けられるのはデイジー録音図書の制作が盛んな国に限られます。デイジー録音図書のラインナップが充実していて、かつインフラ面でもそれが手に入りやすいのはおそらく先進国や北欧の福祉国家だけでしょう。

この先、マラケシュ条約でもって国をまたいだデイジー録音図書の貸し借りができるようになりそうですが、自国の言語でないと読書にならないというケースは多いですよね。

結局、国際標準規格と言ってみてもデイジーがアプローチできるのは世界の視覚障害者の内のほんの一部に過ぎないでしょう。その意味では「デイジーが要らない社会を早く実現すること」こそが視覚障害者のためと言えるかも知れません。

朗読か合成音声か

中には合成音声による読み上げより人の朗読の方が聞きやすいという人もおられますが、それは日本語特有の事情かも。日本語の読み上げにはイントネーションに課題があるものの、他の言語ではそれなりに自然に読み上げるそうなので。

また、自閉症の人などは朗読音声よりもむしろ合成音声の方が聞き取りやすいという話も聞かれます。

テクノロジーの面でも「聞きやすいから朗読で」よりも「合成音声をもっと聞きやすく進歩させる」の方が未来志向で進歩的です。iOSに載っているSiriの音声もずいぶん聴きやすくなってきましたしね。

Car Playが追い風となる

来年には「Car Play」が実現しそうです。iPhoneなどが多機能カーナビとして振る舞うようになると。当然、Androidを擁するGoogleも同じ市場を狙っています。

運転中はあまり目を離せないわけだからユーザーインターフェースは音声が中心です。それらのOSメーカーはメールや書籍をオーディオブックのように読み上げさせることに、これまで以上に注力するでしょう。もちろんスマホへの指示も音声です。目指すはスタートレックの艦内コンピュータ。音声で会話するだけで使えるあれですね。

デイジーとは違って視覚障害者向けではないので、AppleなりGoogleなりが大資本を注ぎ込んで進化させて行くことでしょう。

Media Overlaysは育たない

近い将来、デイジーからEPUB + Media Overlays(EPUBに朗読の音声などを持たせる仕組み)への移行を望んでいる人もおられるようですが、現実味は薄いですよね。そうなるためには出来の良いオーサリングツールが無償もしくは安価で提供されねばならず、その点がクリアされても相変わらず朗読および編集にボランティアの長時間作業が前提になるので。

やはり合成音声による読み上げが今後の主流になるでしょう。

移行のスピード感

ならばデイジーからEPUBへの移行はスムーズに進みそうですが、残念ながら日本語をコンピュータに読み上げさせると地名やら人名やらを大量に読み間違えますよね。いや、以下のような慣用句でも。

  • 方々:かたがた/ほうぼう
  • 大人気:だいにんき/おとなげ
  • 今日は:きょうは/こんにちは

でも、他の言語ではそれがないと聞きます。もちろんローマ数字の「IV」を「アイ ブイ」などと読むことはあるようですが、せいぜいその程度。

ということは、日本以外の国では遠からず「EPUBを読み上げさせれば事足りる」「もうデイジーは要らない」ということにもなり兼ねません。

ちなみに、そもそもEPUB自体が先行していたデイジーを元に策定された規格なので、合成音声の読み上げが成熟すればデイジーがEPUBで置き換えられていくのは必然でしょう。

デイジーの終焉はいつ?

もちろん移行が急には進まない可能性もあります。現状のスピーチ機能の完成度はまだまだだし、デイジーのすべてを置き換える段階には達していません。特にナビゲーション関連が弱く、「前の見出しに戻る」や「10秒前に戻る」といった聞き直しに便利な機能はないし。

また、そろそろ出回り始めたAndroid 5 LollipopにiOSのスピーチと同様の機能が載っているか、あるいは遠からず載ってくるかは未確認。スマホ市場でシェア8割ぐらいを占めるAndroidが足並みを揃えてくるまでは時間がかかるかもしれません。その間はデイジーが生き長らえるわけです。

ありそうな未来

まあそうは言っても、もはや日本以外でデイジーが忘れ去られて行くのは時間の問題でしょう。デイジー録音図書とEPUBの読み上げの可能性を比べれば「留守番電話」と「USSエンタープライズ号のコンピュータ」ほどの違いがあるのだから。

そうしてデイジーは国際標準規格なのに日本だけで細々と生き延びることになるのだろうと。世界一のハイテク技術立国であるはずの日本が最も未来へのトレンドに乗り遅れるのは何とも皮肉な話です。豊かすぎる日本語の表現力が仇になりましたね。

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再生可能エネルギーが原発を生き永らえさせている

ソフトバンクのソーラーパネルソフトバンクが電力小売事業に参入するみたいですね。太陽光や風力などで発電した電力を売るのだそうな。結構なことです。

ただし、この再生可能エネルギーってやつは曲者だったりします。なぜなら熱心にやればやるほど脱原発の実現が遠のくから。

もちろん日本中にソーラーパネルを敷き詰めたり、山々に風車を建てまくれたなら原発の代替も可能。でもそれは無理です。

他にも地熱や潮流などの発電方法があるものの、いまだ実現していないところを見ると、それぞれ何かしら超えなければならないハードルが超えられていないのでしょう。

よって原発推進派にしてみれば、脱原発陣営が再生可能エネルギーに取り組んでいる限り安泰。今すぐの再稼働は無理でも、電気代の高騰に国民がギブアップするのを待てばいいという構図です。

この状況を変えるのに有効なのは、再生可能エネルギーならぬ「国産資源エネルギー」にシフトすること。具体的にはメタンハイドレートや石炭ですね。

近未来の資源っぽいメタンハイドレートはともかく、石炭には 「いまさら?」と思うかもしれないけど、今の技術なら40年前よりも安全に掘り出せ、当時よりも遥かに高い発電効率と発電量を得られます。しかもCO2もほとんど出さずに。残存する埋蔵量も一説によると日本が使う総電力100年分ほどあると聞くし、炭坑の採掘や物流には新たな雇用も生まれます。

そもそも今電気代が上がっているのは、円安の中で高値掴みのLNGやらを輸入しているから。では、なぜ高値で買わされているかといえば、日本はエネルギー資源を自給できないと思われているからに他なりません。それをいいことに原発推進派は国民生活を人質にして原発再稼働を迫っているわけです。

でも日本が「これからは国産資源エネルギーに注力する」と宣言すれば風向きは変わります。必然的に輸入資源も安く買えるようになるはずです。そうなると原発再稼働の必然性はなくなります。

てなわけで、脱原発の実現に「再生可能エネルギーの推進」は有効ではなく、突破口は「全国の火力発電所を最新鋭方式に作り替える」です。

それに最新鋭の石炭火力発電を中国に輸出すれば、PM2.5の問題なども改善するのだし。原発利権や輸入資源利権を持たない人たちにとっては、良いこと尽くめだと思うのですがね。